法話

京都洛北の名刹 天台証門宗岩倉観音 大雲寺副住職酒井善敬師のご法話

           
 

 

2005年7月

 梅雨の晴れ間に庭掃除をしていると、蓮池の畔にカワセミが一羽、小魚をついばみながら小枝を揺らせていた。
 箒の音にすぐさま飛び立ったので作務を続けようとすると、今度は何処からか七つ星(テントウムシ)が飛来して箒の柄に留まった。アッ!仏様がお越しになった。池に目をやると、蓮の葉っぱには、カエルの仏様・石垣にはトカゲの仏様。見渡せば周り全てが仏様。でも箒を持っている私は?・・「仏様?」何かが足りない・・・。
 涅槃経には「一切衆生悉有仏性」=【生きとし生けるものすべてに仏性がある】と説かれ、また「山川草木悉皆成仏」=【地球上全てのものに生命が宿り、それら悉(ことごとく)が仏となりうる限りなく尊い存在である】と教えています。日常の中でマクロの世界にズームすると、そこには全く気づかなかった生命の営みがあります。そして、そこにある命と、私たち人間の命も同じであるということに気付くこと、あるいは気付こうとする「心」が「仏になる種」だと師匠から教わったことが思い出されます。
 この心は、悪化の一途をたどる環境問題解決の重要な鍵ともなり、「人間だけが尊い」のではないことを教えてくれるでしょう。
 人間は勝手な生き物です。毛虫を視ると「気持ち悪い」と言って踏みつぶし、チョウを見ると「綺麗な蝶ね!」といいます。でも毛虫が蝶になるんです。また、晴れると「今日はいい天気ですね」といい、雨や雪の日には「今日はあいにくの悪い天気で」と言います。でも地球家族にとっては「今日は晴れでいい天気・今日は雨でいい天気・今日は雪でいい天気」なのです。
 −−既成概念にとらわれず、常識をすてること。
         それが、一歩仏に近づくことではないでしょうか?−−

 今月から一年間「仏教ぽい」話をさせていただきます。よろしくお願いいたします。                                  
                            合 掌

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