法話

京都洛北の名刹 天台証門宗岩倉観音 大雲寺副住職酒井善敬師のご法話

           
 

 

2005年10月

「三毒」

 七月のコラムで仏性についてふれたが、なかなか仏性という「種」は育ちにくいものである。
「自分らしく生きなければ」と願っている今の心が、やっと芽吹いた小さな「仏の芽」を踏みつけてはいないだろうか?いや、それどころか「仏の芽」がどれなのかすら分かっていないのでは・・・・・・・
 本来人間の魂は満月のように円く大きく輝くものなのに、現実はその丸が欠けたり新月になっている。しかも皮肉なことに実社会でバリバリ働いている人ほど、欠けや陰が大きい。
 そしてその陰となっているのが私たちの魂に巣くう煩悩である。煩悩は一般に「百八煩悩」とよばれ、36の煩悩がそれが欲界、色界、無色界の三界にあって、36の煩悩に各界の3を乗じて108の煩悩になるという説があるが、私は倶舎論でいう九十八随眠(ずいめん)に十纏(じってん)を加えて108とした説の方が信憑性があり且つ理論的と考える。しかし欲望が渦巻く現代社会においては「百八」どころか「八万四千の煩悩」と称するのが一番的確かもしれない。
いうなれば人間は無数の煩悩の塊である。

 これらの煩悩の中で横綱格が三つあり、これを三毒と言う。すなわち
            貪(とん),瞋(じん)、痴(ち)
 貪(とん)=貪(むさぼ)りすぎの毒です。人間の欲望に際限がな姿

 瞋(じん)=怒りすぎ、恨み ねたみの心

 痴(ち)=真理を知らない迷いの毒で。狭くとれば仏法を知らないということ。
 自分がこの三毒につかまっていないか、時々、心のお掃除をしてみてはいかがかな。

「あなおそろしきは火の車 作る大工はおらぬのに おのが作りて おのが乗り行く」
                                (作者不明)

 合 掌

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